■オスラー病と脳膿瘍
オスラー病患者にみられる奇異性塞栓症(paradoxical embolism)は、静脈系の細菌や血栓が肺や肝臓の動静脈瘻を通り、動脈系に流入して全身に運ばれる現象です。これにより、脳に細菌が運ばれ、脳膿瘍を引き起こすリスクが高まります。
論文例:
「Brain abscess in patients with hereditary hemorrhagic telangiectasia: an updated systematic review and meta-analysis.」(2021年):このレビューでは、オスラー病患者における脳膿瘍の有病率、リスク因子、治療法について包括的にまとめています。複数の研究のデータを統合し、肺動静脈瘻の存在が脳膿瘍の最も重要なリスク因子であることを示しています。
「Brain abscess in hereditary hemorrhagic telangiectasia.」(2012年):HHT患者における脳膿瘍の症例報告とレビューをまとめたもので、脳膿瘍の発生機序(肺シャントを介した細菌の流入)について詳しく論じています。
オスラー病と肝臓シャント
肺動静脈瘻がない場合でも、肝臓のシャントが感染源となる可能性についても研究が進められています。肝臓の動静脈瘻や門脈シャントは、腸管から吸収された細菌が肝臓で濾過されずに全身に流れ込む経路となり得ます。
論文例:
「Liver involvement in hereditary hemorrhagic telangiectasia: an update on pathogenesis, diagnosis, and management.」(2014年):このレビューでは、オスラー病における肝臓病変の病態生理を詳細に解説しており、肝臓のシャントが全身性炎症反応や敗血症の原因となりうる可能性について言及しています。
■米国の患者会より
CureHHT (Cure HHT Foundation) は、オスラー病(HHT)に関する国際的な情報提供、研究支援、患者支援を行っている主要なNPO団体です。彼らのウェブサイトや出版物には、オスラー病の合併症としての感染症リスクに関する情報が豊富に掲載されています。
CureHHTのウェブサイトやガイドライン
CureHHTは、専門家と患者が共同で作成した国際的な診療ガイドラインを公開しており、その中で感染症のリスクと予防策について詳しく言及しています。
2020年版国際ガイドライン: CureHHTのウェブサイトでは、2020年に発表された「Hereditary Hemorrhagic Telangiectasia (HHT) の診断と管理に関する第2回国際ガイドライン」にアクセスできます。このガイドラインは、鼻血、消化管出血、肝臓の血管奇形、小児医療、妊娠など、HHTの特定の側面に関する新しいエビデンスに基づいた推奨事項を提供しています。
「Publications」ページ: CureHHTのウェブサイトには「Publications」というセクションがあり、そこで最新のガイドラインや関連論文の情報を得ることができます。
「Living with HHT」: 患者向けの書籍や資料も公開されており、その中には、日常生活での注意点や感染症予防に関するアドバイスが記載されています。
感染症に関する具体的な言及
CureHHTが発行する資料やガイドラインでは、以下の点について言及されています。
肺動静脈瘻(PAVM)と脳膿瘍: PAVMを持つ患者は、肺で細菌がろ過されないため、脳膿瘍のリスクが高いことが強調されています。予防策として、定期的なPAVMのスクリーニングと治療(コイル塞栓術など)、および歯科治療や外科手術前の予防的抗生物質の使用が推奨されています。
肝臓の血管奇形と感染症: 肺に病変がない場合でも、肝臓の血管奇形が全身感染症のリスクを高める可能性についても触れられています。これは、腸管由来の細菌が肝臓をバイパスして全身に広がる「奇異性塞栓症」というメカニズムによるものです。
CureHHTは、オスラー病患者が直面する感染症リスクを非常に重要視しており、その対策に関する情報を積極的に発信しています。患者やその家族、そして医療従事者にとって、彼らのウェブサイトは信頼性の高い情報源となります。
ご自身で情報を探される際は、CureHHTの公式サイト(curehht.org)の「Guidelines」や「Publications」セクションをご覧になることをお勧めします。
「Bacteremia from the gut in hereditary hemorrhagic telangiectasia with hepatic vascular malformations.」(2018年):この研究では、肝臓にシャントを持つオスラー病患者が、腸管からの細菌によって敗血症を発症した症例を報告し、肝臓のシャントが全身感染症の入り口となりうることを示唆しています。
これらの研究は、オスラー病の患者さんが感染予防策を講じることの重要性を裏付ける強力なエビデンスとなっています。特に、肺や肝臓のシャントの有無にかかわらず、口腔ケアの徹底や予防的抗生物質の使用は、感染性合併症を防ぐ上で不可欠な対策とされています。
■関連参考サイト
https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0016508568801672
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11267812
https://www.jstage.jst.go.jp/article/irdr/7/4/7_2018.01103/_article/-char/ja
■オスラー病患者の感染症リスクに関するブリーフィングドキュメント
概要
オスラー病(遺伝性出血性毛細血管拡張症、HHT)は、全身の血管に奇形(動静脈瘻や毛細血管拡張)が生じる遺伝性疾患です。この血管奇形は、繰り返す鼻血や消化管出血だけでなく、肺、肝臓、脳などの臓器に重篤な合併症を引き起こす可能性があります。本ブリーフィングドキュメントは、オスラー病患者における感染症リスクに焦点を当て、特に脳膿瘍や全身性感染症の発生機序、関連するリスク因子、および予防策について、提供された情報源に基づきレビューします。
主要なテーマと重要なアイデア
オスラー病患者は、その血管奇形に起因する「奇異性塞栓症」という特有のメカニズムにより、一般人口と比較して感染症、特に脳膿瘍や全身性感染症のリスクが高いことが強調されています。
- 奇異性塞栓症(Paradoxical Embolism)とそのメカニズム
- オスラー病患者の感染症リスクの中核をなすのは、静脈系の細菌や血栓が動脈系に流入する「奇異性塞栓症」です。通常、静脈系の血液は肺で濾過されますが、オスラー病患者に見られる動静脈瘻(AVM)は、この濾過機能を迂回するシャントとして機能します。
- このメカニズムにより、腸管や皮膚などから侵入した細菌が、本来到達しないはずの脳などの重要臓器に直接運ばれ、感染症を引き起こす可能性が高まります。
- 肺動静脈瘻(PAVM)と脳膿瘍のリスク
- 肺動静脈瘻(PAVM)は、脳膿瘍の最も重要なリスク因子として挙げられています。複数の研究(「Brain abscess in patients with hereditary hemorrhagic telangiectasia: an updated systematic review and meta-analysis.」(2021年)など)がこの関連性を示しています。
- CureHHTのガイドラインでも、「PAVMを持つ患者は、肺で細菌がろ過されないため、脳膿瘍のリスクが高い」と強調されています。
- 予防策として、定期的なPAVMのスクリーニングと治療(コイル塞栓術など)、および歯科治療や外科手術前の予防的抗生物質の使用が推奨されています。
- 肝臓の血管奇形と感染症リスク
- 肺にAVMがない場合でも、肝臓のシャントが感染源となる可能性について研究が進められています。
- 肝臓の動静脈瘻や門脈シャントは、腸管から吸収された細菌が肝臓で濾過されずに全身に流れ込む経路となり得ます。これは「奇異性塞栓症」の一種として、全身性炎症反応や敗血症の原因となりえます。
- 「Liver involvement in hereditary hemorrhagic telangiectasia: an update on pathogenesis, diagnosis, and management.」(2014年)や、「Bacteremia from the gut in hereditary hemorrhagic telangiectasia with hepatic vascular malformations.」(2018年)といった論文が、このメカニズムを裏付けています。後者の研究では、肝臓にシャントを持つオスラー病患者が腸管からの細菌によって敗血症を発症した症例が報告されています。
- 予防策の重要性
- オスラー病患者は、感染症リスクが高いことから、徹底した予防策を講じることが不可欠です。
- 提供された情報源は、「口腔ケアの徹底」や「予防的抗生物質の使用」を「感染性合併症を防ぐ上で不可欠な対策」として強調しています。
- CureHHTのガイドラインでも、「歯科治療や外科手術前の予防的抗生物質の使用」が推奨されています。
- 患者会と情報提供の役割
- NPO法人日本オスラー病患者会や米国のCureHHT(Cure HHT Foundation)のような患者支援団体は、オスラー病に関する国際的な情報提供、研究支援、患者支援において重要な役割を担っています。
- CureHHTは、専門家と患者が共同で作成した国際的な診療ガイドラインを公開しており、感染症のリスクと予防策に関する信頼性の高い情報を提供しています。特に「2020年版国際ガイドライン」や「Publications」ページ、「Living with HHT」といった資料が挙げられています。
結論
オスラー病患者は、肺や肝臓の血管奇形を介した「奇異性塞栓症」により、脳膿瘍や全身性感染症といった重篤な合併症のリスクが高い状態にあります。このリスクを軽減するためには、肺動静脈瘻の定期的なスクリーニングと適切な治療、そして歯科治療や外科手術前における予防的抗生物質の使用、さらには日々の口腔ケアの徹底が極めて重要です。患者、家族、および医療従事者は、CureHHTのような信頼できる情報源から最新のガイドラインや推奨事項を参照し、感染予防策について十分な理解と実践が求められます。