Questionnaire-style survey results on the actual situation of Osler's disease (HHT) medical care in Japan

慶應義塾大学 医学部 脳神経外科

荒井信彦 秋山武紀

本稿は 以下の英語論文を日本語で解説したものである。
A questionnaire-based survey to evaluate and improve the current HHT medical and social condition in Japan. Arai N, Akiyama T. Surg Neurol Int. 2020 Oct 2;11:323.
doi: 10.25259/SNI_211_2020. eCollection 2020.

概要

背景:遺伝性出血性毛細血管拡張症(HHT)は多臓器に影響を与える遺伝性全身性血管疾患で、繰り返す難治性の症状を示す。この病気は本邦において最近まであまり認識されておらず、HHT患者やその家族、及び潜在的なHHT患者はそういった日本の医療環境において様々な困難に直面している。このような状況を評価するために、アンケートベースの調査を実施した。方法としては日本オスラー病患者会の会員を対象とした。会員は主にHHT患者とその家族で、アンケートは背景データ、診断に至るまでの期間や病院数、および現在の通院歴や症状の頻度、家族歴などに関する情報を収集した。結果は配布された102の質問票のうち、56の有効回答があった。回答者は主に女性がやや多く(30/56)、全体の平均年齢は55.4歳であった。比較的多くのHHT患者が東京、大阪、福岡県などの大都市の出身であった (n = 4〜8人)。初期症状から確定診断までの期間は平均8.8年で、診断までに関与した病院数は平均2.4箇所であった。患者の70%以上がHHTに関連して少なくとも2つの科に定期的に通院していた。患者の4人に1人は家族に対するHHTスクリーニング検査を望まなかった。今回アンケート調査により日本のHHT診療の一部を明らかにした。日本のHHT診療には更なる改善が求められる。

背景

オスラー病としても知られる遺伝性出血性毛細血管拡張症(HHT)は、頻繁に出現する難治性の鼻血と特徴的な皮膚病変(テランジエクタジア)、また複数の臓器に動静脈瘻を有することを特徴とした遺伝性全身性血管疾患である。この疾患は最近まで、本邦において非常にまれであると考えられていたが、最新の疫学調査では5000〜8000人に1人の日本人が罹患していると推定されている。2017年の厚生労働省によって難病指定を受けているHHT患者は445人のみで、この数字は日本のHHT患者の推定数よりもはるかに少ない。些細な症状や無症候性のHHT患者は見落としや誤診を受ける可能性があり、実際に他国の研究(中国やイタリア)では、HHT患者の診断は多くの場合遅れると報告されている。一方で、肺動静脈瘻のような特定のタイプの病変に対しては予防的介入が国際ガイドライン上で強く推奨されている。これは高リスク群に対する早期の確定診断が、脳卒中や脳膿瘍などの重大なイベントを回避するのに役立ち、生命予後を延長することが証明されていることを根拠としている。また診断されていない患者の苦悩に加えて、診断された後もHHT患者は困難な状況に直面している。疾患の希少性と症状の多様性のために、医療機関における不適切な管理が生じる。またHHTはその特徴とする難治性の鼻血が頻回に起こる上、複数の臓器で異常をきたす。これにより患者は複数の診療科を受診することを迫られる。場合によっては複数の医療機関をHHTという1つの病気の為に受診することもある。これまでに日本のHHT患者に対する医療に関して体系的で詳細な調査や文献は少ない。我々はこの研究を通じて、HHT診断の難しさ、HHT患者の現状などを評価すると共に、HHT診療に関する日本の現状を改善できる可能性を探る。

方法

アンケート形式の本研究は慶應義塾大学病院の倫理委員会によって承認されている。(No.20190176)非営利団体日本オスラー病患者会の会員(2012年に設立され、2019年6月時は102人のメンバーで構成された組織)に配布された。アンケートの内容は図1の通り。

図1

年齢、性別、出生地、初診時の症状、発症時の年齢、発症-診断までの期間、診断までに要した病院、鼻出血の頻度、HHTに関連して定期的に通院している診療科数、医師に患者が望むこと、HHTに関連して経済的圧迫を感じるか、難病認定されているか、家族で鼻出血が多いことに気づいていたか、家族構成員数、HHTと診断された患者数、家族にHHTのスクリーニングを受けてほしいか、その理由、遺伝子検査を受けたことがあるかどうか

結果

背景

配布された102のアンケートのうち患者、56の有効回答が得られた。女性が多く、男性の平均年齢は53.5歳および女性は55.4歳であった。東京、大阪、福岡などの日本の大都市からの患者が多かった(n=4-8)。

診断の難しさ

[図2a]病院受診が必要となる症状は鼻血が最も多く(HHT患者の50%)、2番目は神経症状であった。[図2b]病院受診時の患者の平均年齢は40.1歳。[図2c]診断までに受診した病院の数は平均 2.4箇所であった。 [図2d]初期症状から最終診断までの期間は平均9年であった。

図2 HHTの症状と診断について

a. 病院受診のきっかけとなった症状

b. 初発時の年齢

c. 診断に要した病院数

d. 診断に要した期間

Asymptomatic; 無症状、 intestinal bleeding; 消化管出血、dyspnea;呼吸苦、telangiectasia;毛細血管拡張、Neurological deficit;神経学的異常所見、epistaxis;鼻出血

HHT患者の現状

[図3a]鼻血の頻度はHHT患者の45%は毎日苦しんでおり、90%もの患者は少なくとも週に1回は鼻血をきたしている。[図3b]患者が定期的に受診しなければならない診療科数はHHTに関連するもので2.2科であり、70%以上の患者は少なくとも2つの診療科の受診をしていた。
[図3c]約60%の患者でHHTの医療管理についてある一定以上の経済的負担を感じている。
[図3d]厚労省によって難病指定されている患者は本アンケートに回答した全体の57%であった。

図3 HHT患者の現状

a. 鼻血の頻度

b. HHTに関連して受診している診療科数

c. HHT診療に関して感じる経済的負担

d. 難病指定

Department;診療科

HHT患者が医療機関に求めていることは次のようなことであった

・HHTの治療に関する最新知見を常に伝えてほしい

・HHTに特異的な鼻血を治療できる医療機関への容易なアクセス

・より長い診察時間

・耳鼻咽喉科医に対しては再発性鼻出血を止めるための知識、専門スキルの習得

・遺伝子検査や難病指定認定のハードル軽減

潜在的なHHT患者

[図4a]HHT患者の82%が家族内に頻繁な鼻出血があることを認識していた。

[図4b]HHT患者を除いて、HHTと診断された家系内(第1度遺伝学的親等)の人数は平均1.3人/家族であった。本研究においては1家系あたり、第1度遺伝学的親等の人数は平均5.4人/家族であった。

[図4c]HHT患者の24%が家族に病院を受診してほしいと思っておらず、その理由としてHHT患者の65%は、家族に明らかな症状がないので病院受診が必要ないと考えていた。(グラフ参照)

図4 潜在的HHT患者について

a. 家系内に鼻血の頻度が多いことに気づいていたか否か

b. 家族内(生物学的第1度)でHHTと診断されている人の数(本人除く)

c. 家族に医療機関を受診してほしくない理由

1. 家族が無症状だから

2. 外来を受診するかどうかは本人次第だから

3.病院は症状を改善させることが出来ないから

4.近くにHHT外来のある病院がないから

5.経済的負担

考察

私たちの調査から、日本におけるHHT医療の現状が明らかとなった。HHTの診断がつくまでには約9年が経過し、2~4箇所の病院の受診を要していた。ほとんどの患者は経済的な負担を感じており、HHTに伴う頻回な再発性の症状、例えば毎日の難治性の鼻出血などにより複数の診療科を受診しなくてはならない。また、HHT患者が家族に病院受診を勧めないことが多いことが、日本において同疾患が十分に診断されない理由のひとつになっている可能性がある。

早期診断への道

鼻血はHHTの顕著な症状で、40代までにほぼすべてのHHT患者が再発性の鼻出血を経験する。本調査では患者の約半数(45%)が毎日繰り返される鼻出血に苦しんでいた。この割合はこれまでの文献のデータと一致している。さらに鼻血は生活の質に重大な影響を与えることが報告されている。鼻出血は症状としては目立つので、HHTの診断に非常に役立つと思えるが一方で、日常の医療行為では、臨床医は数多くのHHTと関連しない鼻出血の診療にあたっている。また現状では、ほとんどの医療提供者のHHTに関する知識は限られている。我々のデータでは患者の40%が症状発現から1年以内、また1つの病院受診のみでHHTの診断を受けている。一方で、45%もの患者がHHTと診断されるまで5年以上を要している。確定診断の年齢は平均40歳で、この数字はこれまでのイタリアや中国のデータと概ね一致している。それらの国ではHHTの症状発現から確定診断までは25年以上経過していた。症状出現から診断まで1年以上を要している、本研究で言えば全体の60%にあたる患者群を減少させることが重要で、その為には簡潔なキュラソー基準(1.再発性の鼻出血、2.毛細血管拡張、3. 多臓器における動静脈瘻、4.家族歴)について、潜在的HHT患者に遭遇する可能性が比較的高い診療科の耳鼻科医・救急科医及び、かかりつけ医となる開業医に周知することが重要ではないかと思われる。

無症候性の潜在的なHHT患者を特定する方法

HHTは常染色体優性疾患であり浸透率は患者の年齢が上がるにつれて、ほぼ100%になる。よって理論上は性別に関係なく家族人員の50%が何らかの症状を示す可能性がある。しかしながら、我々の研究では1家族あたり平均1.3人の患者が家族内で診断されている。一方で、私たちのデータは、平均5.4人が1家族(第1度生物学親等を1家族とする)に属しており、推定されるHHT患者数より診断されている患者数は少ないことになる。まして、この調査は研究に積極的な集団をターゲットとしており、そのようなグループの中でも、HHT疾患の検出率は低いことが分かった。一般的には、若年者の患者は鼻血や毛細血管拡張症などの症状を含め、自覚症状が全くないこともある。本研究の結果からはHHT患者は家族に症状がなければ医療機関受診の必要性は低いと考えており、この認識は未診断のHHT患者の予後を悪化させうるリスクがある。未診断の潜在的HHT患者に対しては遺伝子検査が実施でき、複数の遺伝子(ENG, ALK1, Smad4)がHHTの原因として同定されている。日本においては2020年4月にHHTの遺伝子検査が保険収載されたが、実施できる機関は限られている。重要なことはHHT患者の診療にあたる医師が、HHTの早期発見と高リスクと考えられるHHT患者家族に対するスクリーニング検査の重要性を認識することである。

日本におけるHHT医療管理の将来の方針

多臓器における動静脈瘻のため、HHTは多種多様な症状を示す。脳卒中、脳膿瘍、血便、吐血、心不全などが発生する可能性があり、それらは専門家による特別な治療が必要である。本研究では3人に1人の患者がHHTに関連する症状にて3科以上の受診を必要としており、そういった患者の負担を軽減するためには総合病院においてHHT管理を1つのチームとして体系的にフォローアップ出来る部門を作るべきである。日本ではHHT患者に対応できる病院数は限られており、必ずしも必要なすべての診療科がそろっているわけではない。HHT患者は非常に遠い限られた総合病院に行くか、複数個所の場所の離れたクリニックを受診することを強いられることがある。そういった状況下で、HHT Japanが設立され、HHTの診療を積極的に行っている病院のリストがホームページに掲載されている。しかしながら、そういった病院は日本全国に適切に均等配置されているとは言えず、十分とまでは言えない。アメリカのように日本はHHT診療を重視し、HHTセンターを創設するべきと考える。また治療費用に関しては患者の60%が経済的負担を感じている。日本では、HHTは日本厚生労働省による難病指定制度(No.227)があるものの、本研究の集団においてもたった40%の患者に対してしか難病指定は行われていない。これは難病指定認定を申請できる医師の数が少ないことや難病指定の基準が厳しいことに起因しているようである。

本研究の限界

この調査の対象はオスラー病 患者会(日本)の会員であり、回答数は限られている。研究結果を本邦のHHT集団に一般化するのは難しい。

結論

日本のHHT診療はより洗練されるべきで、HHTセンターの創立やHHT診療専門部門を総合病院において導入すること、及びプライマリケア医のHHTの認知向上のための専門教育が必要であると考えられる。そういった努力がHHT患者の身体的、精神医学的、そして経済的な苦しみや負担の軽減に繋がり、QOLを改善すると考えられる。また適切に未診断のHHT患者を適切にスクリーニングすることは日本におけるHHT患者の全生存率を改善する可能性があり、積極的に考慮されるべき。

謝辞

本研究ではオスラー患者の会(理事長 村上匡寬 様)の方々の全面協力の元、データを収集することができました。深く感謝申し上げます。またHHT Japan 代表 小宮山雅樹先生には研究にあたり大変貴重なご助言を頂き、有難く存じます。

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